ハプニング3

こんにちは!

 

なおとです。

 

実は現在、僕は帰国をして日本にいます。

 

10日ほど前にウガンダへ入り、ワークキャンプに参加しようと準備していたのですが、ウガンダに到着したその日の夜、顔の両側面が痛くて寝れませんでした。

あまりにも痛く最初はどこが痛いのか分かりませんでした。

 

翌朝耳が痛いんだということを自覚することができて、カンパラ市内の病院へ行き診断を受けました。

 

外耳炎と診断され数日で治るだろうと言われました。

その日は鎮痛剤を飲み休むと、二日後にはほぼ痛みはなくなりました。

 

しかし、耳聞こえにくさや耳鳴りが残りました。

大きな声で話してもらわないと聞こえない状況が続きました。

 

外耳炎ではない可能性もあるのではないかと思い再度診察を受けましたが、やはり外耳炎だと言われました。

 

そして先生にあと三日もあれば良くなると言われましたが、三日間聞こえにくさは変わることがありませんでした。

 

ネットなどで調べると症状的には中耳炎に近かったのですが、ウガンダの先生は中耳炎ではなく、外耳炎だと言いました。

 

耳が聞こえにくくなってから一週間が経っても改善の兆しは見えなかったので、不安も大きくなり結果的に帰国という決断をしました。

 

その一週間で健康について、途中リタイア、日本に戻ることによるモチベーションなど様々な葛藤があり、悩んでいました。

 

最終的には、健康のことを優先して日本で治療することにしました。

 

7/23(日)の朝に日本に帰ってきました。

そして耳鼻科へ行ってきました。

 

診断は主たる耳の聞こえにくさの原因は中耳炎で外耳炎も併発しているとのことでした。

 

抗生剤などをもらい、現在実家で療養しています。

少しずつ良くなってきている実感はあります。

 

今後の予定はまだ未定ですが、耳の状態が良くなった後に再度海外へ出発しようと思っています。

 

日本を出発してたった2カ月でリタイアしてしまったことは非常に残念ですし、僕自身様々な葛藤があります。

正直、今はこれからのことは何も考えたくないというのが本音かもしれません。

 

応援してくれていた皆さんには申し訳ないですが、一度ここで休憩します。

また新たな予定が決まればご報告したいと思います。

 

僕の世界一周、第一章はひとまずここで終わりました。

 

みなさん、ありがとうございました。

 

7/25 記

 

 

「アリとキリギリス」から

こんにちは!


なおとです。


『アリとキリギリス』というお話は皆さんも一度は耳にしたことがあると思います。

 


かいつまんでお話すると、


夏の間、アリは来るべき冬に備えて食料を懸命に集めていました。
キリギリスは歌ったり、踊ったりしながら毎日過ごしています。
キリギリスは働くアリを見てバカにします。
こんなに食料がたくさんあるのに、なぜしんどい思いをして働くのかと…
アリは今は食料があるけれど、冬になればなくなってしまう。
そのために今のうちから貯めているんだと答えます。
キリギリスはそんなアリの言葉を嘲笑い、働こうとはしませんでした。
そして、時は経ち夏も終わり秋が過ぎて冬になりました。
食料を蓄えていたアリは冬の間も食べるものに困らず過ごしています。
一方キリギリスは枯れ木しかなく、食べるものがなく困り果てます。
キリギリスはアリが食料を蓄えていたことを思い出し、アリの元へ行き分けてもらうようにお願いします。
アリは自分が懸命に働いていたことを馬鹿にし、散々遊んでいたキリギリスの頼みを断りました。

 


ここから得られる教訓は『今楽をして先のことを考えず好きなことだけをしていると、将来痛い目に遭う』ということです。


結末はアリがキリギリスに食べ物を分けてあげた、分けてあげなかったの2つがあり本によって違います。


皆さんがアリならどうしますか?ということを僕は聞ききたいです。


結果的に半分とは言わなくても、キリギリスに少しだけでも分けてあげるという人が多いのではないでしょうか?


現実世界にもこういうことって多くありますよね。
自分だけが頑張っていて、結果的に自分だけがいい結果が出ました、他の人はサボってたから知りませんなんてことはないですよね。
たいていの場合は手を差し伸べることになると思います。

 


大きく考えると、学生時代将来を見据えて頑張っている人と遊ぶことしか考えていない人がいるとします。


前者(アリ)の方はその努力が実を結んで、大金を手にします。
後者(キリギリス)は若い頃にサボっていた分、大人になってから働き口がなくお金がありません。


しかし、今の日本では累進課税制度などがあるので、前者から後者へお金が流れます。
前者からすると少し馬鹿馬鹿しい思いもあると思います。


世の中は複雑なので、アリとキリギリスのように単純化することはできません。


しかし、一つ一つの事象を考えてみるとアリとキリギリスのような事例は常に存在しています。


頑張りについて明確な指標がない、努力と成果の因果関係を説明しにくいなどの理由から現実には不可能ですが、個人的にはアリが報われ、キリギリスが報われない世の中になって欲しいなと思います。


ズラズラと書いてきましたが、今回のブログでは、どこまでアリはキリギリスを助けるべきなのかという皆さんの意見を聞いてみたくて書いてみました。


7/20 記

なおと世界見聞録(エジプト編)

こんにちは!


なおとです。


当初、行けたら行こうくらいの気持ちであったエジプトには結果的に10日ほど滞在することになりました。


人生初のアフリカに期待を抱きながらも不安が大きかったエジプト行きの飛行機が嘘のように楽しく過ごすことができました。
エジプト下痢になった以外には特に危険なこともありませんでした。


快適な10日間でした。
日本人宿に泊まったという安心感もたったと思います。
それでも世界三大うざい国といわれるエジプトですが、一部を除いて全くそのようなことは感じませんでした。


他の国同様ぼったくってきたり、しつこく話しかけられることもありましたが、観光地周辺だけといった印象です。
街を歩いていて押し売りや声をかけられることはほとんどありませんでした。

 


そんな僕のイメージとは違ったエジプトですが、やはり一番感動したのは砂漠です。


前にアンコールワットシギリアロックなどの遺跡を見てもあまり心が揺さぶられないというブログを書きましたが、砂漠は違いました。


砂漠の最大の魅力はやはり規格外の規模です。


360°見渡す限り地平線が広がり、さらに決してずっと同じ景色というわけではなく、少し進むだけで色が変わったり、山が出てきたりと砂漠であるはずなのに飽きさせません。


“壮大、広大”という言葉で言い尽くせないものを砂漠は持っていて、自分の悩みや存在がとても小さいようなものに感じられます。


日本からはなかなか簡単には行けないエジプトかもしれませんが、この砂漠ツアーを体験することを強くオススメします。


景色を見て価値観が変わるということがあるのなら、この砂漠がその景色になるのではないかと思います。

 


エジプトは誰もが知っているように歴史のある国です。


ピラミッドが建てられたのは約4500年前と言われています。


僕はカイロという一つの都市にしか滞在していなかったのですが、歴史を感じるようで感じませんでした。


勉強不足と言われれば、そうなのかもしれませんが、やはり国の発展とともに失われていくものも大きいのだと思います。


国の発展と伝統の継承は難しく、残すべきところはしっかりお金をかけて守り、諦めるところは潔く切ることで今ある大切な伝統を残していかなければ、伝統を無視した発展もしくは発展のことは二の次で伝統を残すといった極端な形にしかなれないのだと考えました。


最後に、エジプトでの横断はインド同様命懸けでした。


歩行者信号はあってないようなものですし、大通りに横断歩道がほとんどありません。
つまり、片側4車線ほどある大きな道路であっても無理やり横断するしかないのです。
運転手の発見が遅れれば、僕たち歩行者は轢かれてしまいます。
運転手は歩行者を見つける度にとまらなければなりません。
そしてたいていの運転手は自分の好きなところに好きなタイミングで止まります。
そのような状況なので交通渋滞もすごく、至るところからクラクションが鳴り響いています。


自分本位な運転や横断がとんでもない交通渋滞を生み、巻き込まれたときは激怒しているにも関わらず、そのスタイルを変えないのは甚だ疑問でした。


日本では人に迷惑がかかるからという理由で絶対しないような運転、横断が当たり前のようにされています。


僕は日本人の他人に迷惑をかけないように一つ一つの行動に気を配る優しさに改めて素晴らしいと思いました。


これは受け継いでいくべき伝統ですね。


7/14 記

 

平和について考える

こんにちは!


なおとです。


先日、今僕がいるエジプトでこのようなニュースがありました。


『エジプト 武装グループが検問所襲撃 兵士20人以上死亡』
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170708/k10011049631000.html


僕がいるカイロはエジプトの中でも安全な地域なので特に影響はありませんでした。


しかし、日本では考えられないことが自分がいる国で起こったんだと思うと何も思わずにはいられません。


このエジプトの襲撃だけでなく、これまでたくさん日本の平和について実感する場面がありました。


ミャンマーでは数年前の民主化に伴う民衆の暴動や過激なデモを映像見たり、聞いたりしました。
ブータンでも10年ほど前にチベット民族の侵略から守った城のようなものを見ました。
その他にも日本のように70年間も戦争も内戦もなかった国には行ってないと思います。


今の日本人は、日本の領土内で内戦が起きたり、外国からの侵略により日本人が死ぬことを想像できるでしょうか?
僕は想像できませんし、そんな事態は何としても避けなければならないと思います。


紛争や襲撃が行った国ではそれほど遠い話ではないというこを実感したからこそ、日本ではこれからどうなっていくのだろうと心配になりました。


日本もそろそろ平和ボケから脱さないといけないのではないかと思います。
本気で安全保障について考えなければいけないときが来たと思います。


北朝鮮のミサイルが日本に落とされ、日本人死者が出て初めて声をあげるのでは遅いです。
安全保障というと難しく感じるかもしれませんが、安全保障なくして今の生活を守ることはできません。


政治家に任せているだけでもいけません。
安全保障の問題はある政治家の判断が間違っただけで多数の死者が出たり、戦争になることもあり得るのです。
税金が無駄に使われた、責任は誰が取るということで終わらせることができないのです。


安保法制や憲法改正は平和と安全保障について考えるいい機会だと思います。
このタイミングで考えなければ、次考えるときは戦争になったときか死者が出たときです。


自分が死にたくない、家族や友達が死んで欲しくないと思うなら真剣に考えなければならない問題です。


日本の状況が変わっていなくても、世界の情勢は変わっています。


日本が手を出さなければ何も起こらないという確証はありません。
現在、日本のような平和で軍隊のない国、整備されていない国はアメリカなどの強い国があるから成り立っています。
軍事力がなくても国際社会で生き残れるというのは詭弁です。


この事実に本当の意味で気付き、受け止めなければなりません。


安全保障を考える上で諸外国のことを知ることは必須です。


日本が変わっていなくてもある国が変わったのなら日本の安全保障は考え直さなければなりません。


憲法九条、自衛隊防衛省非核三原則基地問題


これらは議論されることが避けられがちかもしれませんが、自分の命を守るために考えなければなりません。


安全保障を語らずして、平和を語ることはあってはならないと思います。


戦争をしたくない、ミサイルを打ち込まれたくない、紛争に巻き込まれたくないと思うのなら、安全保障と平和について考えることは重要で当たり前のことであると僕は考えます。

 

7/13 記

なおと世界見聞録(ブータン編)

こんちには!


なおとです。

 


突然ですが、2015年にブータンに訪れた日本人は2437人です。
2015年の東京大学入学者数は3140人です。


つまり東大生に出会うよりもブータンに行ったことがある日本人に出会う方が難しいのです。
僕はそんな希少価値を持つようになりました。


今回のブータン訪問は五泊六日という短い期間でしたが、記憶に残る旅になりました。


ブータンに来たからこそは“幸せ”について考えなければならない、そう思って過ごしていました。

 


ブータンに行って思ったことは、ブータンには何もないということです。
滞在中は基本的に観光をしていたのですが、これまでに行った国にように圧倒すれるような遺跡や誰もが知っているような有名な観光地はないのです。


しかし、ブータンには常に見るものがありました。


パロ空港に着いて飛行機から降りた瞬間その光景に圧倒されました。
空港の建物はブータンの伝統を受け継いだ作りになっていて異国感が漂います。
空港では入国審査の方やその他職員の方が着物のような伝統衣装である「ゴ・キラ」を着ています。
そして何より山間の谷間にある空港を囲む山々がとても美しかったです。
そんな光景に見とれながら空港を出て首都ティンプーに向かいました。
このティンプーへ続く一本道は山と併走するように引かれていて、横には川が流れていました。


このとき僕は思いました。
ブータンの良さはここだと…


ひときわ目立つ何かがあるわけではなく、常に心を穏やかに楽しませてくれるものがありました。


国民の多くは伝統衣装を身にまとい、街並みも海外文化に浸食されることなく、ヒマラヤに囲まれる自然は人工的なものがほとんど入っていません。
さらに人口が少なく、慌ただしさも感じません。


周りを囲む高い山々とヒマラヤ山脈からの雪解け水が流れる川が相まって完成する大自然の中に静寂と美、壮大さの融合がありました。


海外の文化ではなく、ブータンの伝統が色濃く残りそれを国民が大切にしている印象を受けました。


数日間、ブータンを旅しながら考えたブータンの幸せとは、小さな幸せの積み重ねが大きな幸せをうむということです。


贅沢なことを好んだり、自分が上へ上へという気持ちを持つ人にあまり出会いませんでした。
それよりも今を楽しもうであるとか、みんなで幸せを分け合おうよといった場面をよく見かけました。


GDPも低く、人口も少なく、外国へ行く人も少ないブータンでは昔の日本を彷彿させるものがあるのかもしれません。
近所付き合いが強く、第一次産業に従事している人が多いです。
また、友達の友達は友達というように、互いに助け合うからこそ生きていけるそんな雰囲気もありました。


派手な幸せではなく、一人一人が小さな幸せを毎日噛み締めながら生きているから幸せだと言う人が多いのだと思います。


しかし、最近ブータンでは若者を中心に幸せではないと感じる人が増えているらしいです。


そのせいで国民総幸福量も下がっています。
若者が幸せではないと考える大きな要因は失業率にあります。
そして若者の失業率が高い理由は大学を卒業したのに第一次産業に従事することを嫌がるからです。
オフィスワークをしたがる若者で溢れるブータンは失業者が増えています。
そのせいで、薬物に手を出したり、飲んだくれる若者が増えているそうです。


実際僕も1日だけブータンのクラブに連れて行ってもらったのですが、クラブにはブータンらしさは全くなく20代以下しかいませんでした。
来ている人たちの顔を見ると一見楽しそうにはしていますが、どこか不自然でぽっかりあいた穴を埋めているようにも見えました。
きっと昼間に埋めきれなかった何かを夜に発散しようとしているのだと感じました。


ブータンを案内してくれたガイドさんによると、若者は欲求が強いと言っていました。


『あれが欲しい、お金持ちになりたい。綺麗になりたい。海外に行きたい。遊びたい。』


望めば望むほどそれを達成でなかったときは辛くなります。
伝統色が色濃く残るブータンでも最近では少しずつ外国文化も入ってきているので、海外への憧れも強くなります。


若者を中心に幸せではないと感じる理由はここにあります。
流行に敏感で、外国のこともよく知る若者はあらゆる欲が増え、望むものを多くなります。
その結果、多くのことを期待するがあまり、それを手に入れられず不満を持つことになります。


しかし、これはブータンに限ったことではなくどの国も同じだと思います。


第一次産業に従事したくない。あれもこれも欲しい。あの国へに行きたい。』

 


そこで僕が考えた一つの幸せの形は「あれこれと期待しすぎるのではなく、小さな幸せを発見して行く姿勢が大切だ。」ということです。


明日、
四つ葉のクローバーを探してみませんか?
夕陽を眺めてみませんか?

あてもなく散歩してみませんか?
自分の好きな人と話をしてみませんか?
お米の美味しさを噛みしめてませんか?

 

7/11 記

都議選の結果を経て

こんにちは!

 

なおとです。

 

先日の都議選では自民党が歴史的敗北を喫し、小池都知事が率いる都民ファーストの会が圧勝したという結果になりました。

 

数年前の大阪維新の会と似ています。

 

自民党に不信感が漂っているときに、圧倒的なカリスマ性を持ったリーダーがいる政党がその受け皿となって第一党と躍進しました。

 

今回の都議選と数年前の大阪との共通点は3つあります。

 

・第一党となった新党には強いリーダーシップを持った代表がいる

・与党が問題を抱えている。

・地方選挙である。

 

特にこの3つ目の地方選挙であるという点に注目すると、逆に言えば地方選挙だからこのようなことが起きたとも言うことができます。

 

圧倒的なリーダーシップと一定の不満を解消させるインパクトがあれば、地方単位であれば大きな影響を及ぼします。

 

国政という場ではなかなかこのようなことは起きにくいのではないかと思います。

 

理由としては、やはり物理的な大きさと、国と地方では仕組みが違うということがあげられると思います。

 

実際、大阪維新の会も国政に進出したものの、合流や解党を繰り返し、現在は力を弱めてきています。

 

今後都民ファーストの会も国政へ進出していくと思われますが、果たしてこの勢いのまま進んでいくのか、国政という壁にぶつかるのか興味があります。

 

安倍一強が続く現在、森友学園、加計問題や大臣の失言などによる内閣支持率の低下や自民党内での派閥の変化などで自民党に対する不信感を増えるなか、しかしその受け皿となる国政政党もはっきりしないこの状況で、今回の都議選で都民ファーストの会が躍進を遂げたのは今後の国政に大きな影響をもたらすのだろうと思います。

 

次の国政選挙ではここ最近の国政選挙とは一味違った結果が待っているかもしれませんね。

 

7/6 記

 

ついに憧れの地アフリカへ!

こんにちは!


なおとです。


ブータン6日間の旅を終えて、次はエジプトに向かいます。
これまでたくさんのアジアの国を旅してきました。


大学生になってから、


韓国、カンボジア、台湾、インド、中国、タイ、ミャンマー、マレーシア、スリランカブータン


に行ってきました。


それぞれの国が単なる一つの国ではなく、それぞれ異なる色がつきました。
一度その国を訪れるだけで印象も変わってきます。


次のエジプトからはさらに濃い色がつくのではないかなと思っています。


小学生の頃にハワイに行ったことを除くとアジア以外の地域に足を踏み入れるのは初めてです。


しかも日本からは物理的距離も、心理的距離も遠いアフリカです。
僕にとってアフリカは一つの国のようなイメージで何十とある一つ一つの国のことをよく知りません。


それでも僕はアフリカにどうしても行きたかったのです。
絶対に行きたかったのです。
アフリカに行くことなく死ねないと思っていました。


その理由はある曲との出会いでした。

 


『風に立つライオン』さだまさし

 


僕はこの曲を親から初めて教えてもらって、聴いてから「アフリカに行きたい」という気持ちがいつもどこかにあったように思います。


この曲に描かれているアフリカが本当にあるとするならこんなに心を揺さぶられるものはありません。


風に立つライオンを聴いて、僕のイメージが膨らみ、もしかしたら実際のアフリカ以上のものを想像してしまっているかもしれません。


それでも僕は自分の目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、手で触って、肌で感じたいと強く思いました。


日本はなくしてしまった大切な何かがまだそこにはあるアフリカ。
ついに僕はそのアフリカへ行くことができます。


期待が増えていく一方で、イメージ通りのアフリカに出会えるのかという不安、治安や環境に対する恐さもあります。


エジプト、ウガンダケニアタンザニアルワンダには何が待っているのでしょうか?


最後に僕がアフリカに憧れを抱くきっかけになった『風に立つライオン』を紹介します。

https://youtu.be/EG2qrOzoG-I

 

知っている方はもう一度、
知らない方はとりあえず聴いてみてください。


7/4 記